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最高裁判所第二小法廷 平成7年(オ)1914号 判決

上告人

渡部好男

上告人

庄子宏

右訴訟代理人弁護士

遠藤秀幸

右両名訴訟代理人弁護士

森本絋章

右両名補助参加人

小郷建設株式会社

右代表者代表取締役

小郷利夫

右両名補助参加人

株式会社東京企画

右代表者代表取締役

小郷栄子

右両名訴訟代理人弁護士

小山晴樹

渡辺実

被上告人

第一勧銀信用開発株式会社

右代表者代表取締役

沼田忠一

右訴訟代理人弁護士

尾崎昭夫

額田洋一

川上泰三

井口敬明

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求をいずれも棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人森本絋章及び上告補助参加代理人小山晴樹、同渡辺実の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係の概要及び記録によって明らかな本件訴訟の経緯等は、次のとおりである。

1  住宅ローン融資等を業とする被上告人は、株式会社都市開発(以下「訴外会社」という。)の販売又は仲介する不動産を購入した顧客との間で住宅ローン取引を行っていたが、訴外会社は、昭和五九年二月八日ころ、被上告人に対し、訴外会社の顧客が被上告人から住宅ローンの融資を受けたことにより負担する債務につき、合計一億一〇〇〇万円を限度とし、包括して連帯保証する旨を約した。

2  上告補助参加人らは、昭和五九年二月九日、被上告人に対し、上告補助参加人ら各所有の不動産に、被上告人の訴外会社に対する右連帯保証契約上の債権を被担保債権とする極度額一億一〇〇〇万円の根抵当権を設定した(以下「本件根抵当権」という。)。

3  被上告人は、昭和五九年六月二七日、訴外会社の顧客である上告人渡部好男との間で、一九〇〇万円を同上告人に貸し付ける旨の契約(以下「本件ローン契約」という。)を締結し、上告人庄子宏は、同日、被上告人に対し、右契約に基づく上告人渡部の債務を連帯保証する旨を約した。

なお、上告人渡部は、真実マンションを購入する意思がないのに、訴外会社の資金繰りのため、訴外会社から三〇万円の謝礼を受け取る約束の下に、マンション購入者として本件ローン契約を締結し、被上告人から一九〇〇万円の交付を受けたものであり、上告人庄子も、訴外会社の勧誘に応じて右連帯保証をしたものである。

4  上告人渡部は、昭和五九年八月七日、割賦金の返済を怠ったため、本件ローン契約所定の約定により、期限の利益を喪失した。

5  被上告人は、昭和五九年一〇月二六日、本件根抵当権の実行としての競売を各管轄裁判所に申し立て、東京地方裁判所は同月二九日上告補助参加人ら各所有の不動産について、千葉地方裁判所佐倉支部は同月三〇日上告補助参加人小郷建設株式会社所有の不動産について、それぞれ競売開始決定をし、各競売開始決定正本は、前者については同年一一月一四日、後者については同年一二月二八日、右各競売事件の債務者である訴外会社に送達された。

6  被上告人は、平成元年一〇月二五日、上告人渡部に対しては本件ローン契約上の債務の履行を求め、上告人庄子に対してはその連帯保証債務の履行を求めて本件訴訟を提起し、上告人らは、本件訴訟において、本件ローン契約上の債権についての五年の商事消滅時効を援用した

二  原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断して、本件ローン契約上の債権が時効により消滅したとの上告人らの主張を排斥した。

1(一)  物上保証人所有の不動産を目的とする抵当権の実行としての競売を申し立てた債権者は、右手続において被担保債権の弁済を受けることを最終の目的とするものであること、右手続の競売開始決定正本は債務者に送達されることになっており、被担保債権の弁済を求める債権者の意思を債務者に通知することが手続的に保障されていること、競売開始決定正本が債務者に送達されたときは、差押えの効力として、被担保債権についての消滅時効は中断すると解されるが、一つの行為が効力を異にする二個の中断事由に重畳的に該当することは否定すべき理由はないこと等を考慮すれば、右競売の申立ては、債務者に対する関係で民法一四七条一号の「請求」に当たるものと解するのが相当である。そして、抵当権の実行としての競売手続は、請求権の存否を確定する効力を有するものではないから、右競売の申立ては、裁判上の請求に当たらず、催告としての効力を有するにすぎないものといわなければならないが、右競売の申立てによる催告は、その手続の進行中はその効力が継続的に維持され、そのことを前提に、債権者の弁済要求にこたえるための競売手続が行われるものというべきであるから、右催告は、手続終了後六箇月以内に債務者に対し裁判上の請求等をすることにより確定的に時効中断の効力を生じさせることができるいわゆる裁判上の催告に当たるものと解するのが相当である。

(二)  民法四五八条において準用される同法四三四条により、連帯保証人に対する履行の請求は主債務者に対しても効力を生ずるから、本件ローン契約上の債務の連帯保証人である訴外会社を債務者とする本件根抵当権の実行としての競売申立てによる裁判上の催告の効力の継続中に本件訴訟が提起されたことにより、本件ローン契約上の債権の消滅時効は中断している。

2  また、上告人渡部は、訴外会社から三〇万円の謝礼を受け取る約束の下に、訴外会社の資金繰りのために本件ローン契約を締結したものであり、上告人庄子も訴外会社と相通じた連帯保証人であること等からすれば、上告人らが本件ローン契約上の債権についての消滅時効を援用することは、信義則に反し、許されないというべきである。

三  しかしながら、原審の右1、2の判断はいずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1(一) 物上保証人所有の不動産を目的とする抵当権の実行としての競売の申立てがされ、執行裁判所が、競売開始決定をした上、同決定正本を債務者に送達した場合には、債務者は、民法一五五条により、当該抵当権の被担保債権の消滅時効の中断の効果を受けるが(最高裁昭和四七年(オ)第七二三号同五〇年一一月二一日第二小法廷判決・民集二九巻一〇号一五三七頁参照)、債権者甲が乙の主債務についての丙の連帯保証債務を担保するために抵当権を設定した物上保証人丁に対する競売を申し立て、その手続が進行することは、乙の主債務の消滅時効の中断事由に該当しないと解するのが相当である。

けだし、抵当権の実行としての競売手続においては、抵当権の被担保債権の存否及びその額の確定のための手続が予定されておらず、競売開始決定後は、執行裁判所が適正な換価を行うための手続を職権で進め、債権者の関与の度合いが希薄であることにかんがみれば、債権者が抵当権の実行としての競売を申し立て、その手続が進行することは、抵当権の被担保債権に関する裁判上の請求(同法一四九条)又はこれに準ずる消滅時効の中断事由には該当しないと解すべきであり、また、執行裁判所による債務者への競売開始決定正本の送達は、本来債権者の債務者に対する意思表示の方法ではなく、競売の申立ての対象となった財産を差し押さえる旨の裁判がされたことを競売手続に利害関係を有する債務者に告知し、執行手続上の不服申立ての機会を与えるためにされるものであり、右の送達がされたことが、直ちに抵当権の被担保債権についての催告(同法一五三条)としての時効中断の効力を及ぼすものと解することもできないことなどに照せば、債権者が抵当権の実行としての競売を申し立て、その手続が進行すること自体は、同法一四七条一号の「請求」には該当せず、したがって、右抵当権が連帯保証債務を担保するために設定されたものである場合にも、同法四五八条において準用される同法四三四条による主債務者に対する「履行ノ請求」としての効力を生ずる余地がないと解すべきであるからである。

(二)  以上によれば、本件においても、被上告人がした本件根抵当権の実行としての競売の申立ては、本件ローン契約上の債権の消滅時効を中断しないというべきである。

2  被上告人は、上告人らによる本件ローン契約上の債権についての消滅時効の援用が信義則に反すると主張するけれども、上告人渡部が、真実マンションを購入する意思がなく、訴外会社の資金繰りのために本件ローン契約を締結したとしても、上告人らは、自らマンション購入者として本件ローン契約を締結するなどしたのであるから、上告人らが本件ローン契約上の債権の消滅時効を援用することが信義則に反するということはできない。

以上のとおり、本件ローン契約上の債権が時効により消滅したとの上告人らの主張を排斥した原審の判断には、法令の解釈を誤った違法があるというべきであり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

四  被上告人は、上告人らと訴外会社及び上告補助参加人らは取引上一体というべき関係にあるとして、上告補助参加人らが被上告人に対して本件根抵当権の設定登記の抹消登記手続を求めて提起した訴訟(東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第三八七六号事件。以下「別件訴訟」という。)に被上告人が応訴し、請求棄却を求めるとともに、上告人渡部及び訴外会社に対する債権の存在を主張立証したことには裁判上の請求に準ずるもの又は裁判上の催告としての時効中断の効力があり、上告補助参加人らが別件訴訟の和解手続において被上告人に対する債務の存在を認めたことは時効中断事由としての承認に当たる旨を主張するが、記録によってうかがわれる被上告人の主張事実によっても、上告人らと訴外会社及び上告補助参加人らが取引上一体というべき関係にあったということはできない上、上告人ら及び訴外会社はいずれも別件訴訟の当事者ではなかったのであるから、別件訴訟における被上告人又は上告補助参加人らの訴訟活動が本件ローン契約上の債権につき消滅時効の中断の効力を及ぼすと解する余地のないことは明らかである。そして、他に右債権の消滅時効の中断事由に関する主張立証はない。そうすると、本件ローン契約上の債権は上告人らによる時効の援用により消滅し、それに伴い、上告人庄子の連帯保証債務も消滅したものであるから、被上告人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきものである。

よって、原判決を破棄し、第一審判決を取り消した上、被上告人の請求をいずれも棄却することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官河合伸一の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官河合伸一の意見は、次のとおりである。

私は、本件ローン契約上の債権が時効によって消滅したとする多数意見の結論には賛成するが、その理由を異にするので、私見の要点を述べておきたい。

一  民法一五三条のいう催告とは、債務者に対して債務の履行を求める債権者の意思の通知であって、その形式、方法の如何を問わないというのが、一般的な理解である。

競売の申立ては、債権者が被担保債権の弁済を得るためにする強力な手続であるから、直接的には抵当権の行使であっても、その背後に債務者に対して債務の履行を求める意思が含まれていることは明らかである。そして、その債権者の意思は、競売開始決定正本の送達により、債務者に到達することが予定されている。これを受領した債務者が債権者の右意思を認識することもまた当然である。したがって、頭記の一般的理解に従い、債権者が競売を申し立て、これに基づく競売開始決定正本が債務者に送達されることは、民法一四七条二号の差押えとなることとは別に、同法一五三条の催告にも当たると解すべきである。

二  しかしながら、いわゆる裁判上の催告として通常の催告を超える効力があるとされるのは、単に裁判所における手続で権利を主張したというだけでは足りず、(1)その手続において、当該権利の存否につき審理、判断されることが予定されているため、権利者が、その審理中、当該権利の存在を継続して主張していると認め得る場合、又は、(2)その手続が係属している間、権利者が別途当該権利の時効中断の手続をとることが著しく困難又は不合理であるなど、特段の事情があり、右の間の時効の進行を暫定的に中断しなければ権利者に酷であると認め得る場合であると考える。

抵当権の実行としての競売手続においては、債務者から執行異議の申立てがあった場合などを除き、原則として被担保債権の存否を審理、判断することは予定されていないから、右の(1)の場合に当たるとすることはできない。また、抵当権に基づく競売手続の係属中に、主債務者に対して訴えを提起するなど、被担保債権について適宜の時効中断措置をとることが著しく困難又は不合理であるとはいえず、その他一般に右(2)の場合に当たると認めることもできない。

したがって、抵当権の実行としての競売手続が係属していることをもって、一般的に、被担保債権につきいわゆる裁判上の催告があったと解することはできない。

三  これを本件についてみると、被上告人が本件根抵当権の実行としての競売を申し立て、各競売開始決定正本が訴外会社に送達されたことは、本件ローン契約上の債務についての連帯保証人たる同社に対して民法一五三条の催告があったものと解することができ、かつ、その催告は同法四五八条により準用される同法四三四条の履行の請求に含まれると解すべきであるから、主債務者たる上告人渡部に対する関係でも、時効中断の効力を生じたというべきである。

しかしながら、右の中断は暫定的なものにすぎず、その後の競売手続の係属をもって直ちにいわゆる裁判上の催告と解し得ないこと前示のとおりであり、その例外とすべき事情も認められないから、被上告人が右送達後六箇月以内に民法一五三条所定の手続をしなかったことにより右暫定的中断の効力は失われ、結局、本件ローン契約上の債権は上告人らの時効の援用により消滅したものというべきなのである。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)

上告代理人森本紘章及び上告補助参加代理人小山晴樹、同渡辺実の上告理由

第一、原判決は、「不動産競売の申立」に「裁判上の催告」としての効力があるとの誤った法律解釈をした結果、連帯保証債務を被担保債権とする物上保証人(上告人補助参加人ら)に対する不動産競売申立によって本件貸金債権の消滅時効が中断したとの誤った結論に到達して被上告人の請求を認容したものであり、右法律解釈の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、即ち原判決は、理由第三「消滅時効の抗弁に対する再抗弁について」第三項で、「担保権実行としての不動産競売手続は、債権者の申立てによって開始され、開始決定による差押え、売却、売得金の配当又は交付に至る一連の手続である。申立書には、所有者、担保権のほか抵当債務者及び被担保債権を表示することを要し(民事執行規則一七〇条)、開始決定は、所有者と共に抵当債務者にも送達され、売却期日の通知、配当期日の呼出し等所要の通知は、所有者と共に抵当債務者に対しても行われる。抵当債務者は、開始決定に対し被担保債権の消滅、不存在等を主張して異議を申し立てることができ、売却許可決定に対する執行抗告、配当期日における異議の申出をすることも許される。右のような不動産競売手続は、所有者のみを相手とする手続ではなく、債務者にも向けられたものと解される。」としたうえで、「債権者は、右手続において被担保債権の弁済を受けることを最終的の目的とするものであるから、不動産競売の申立てが、被担保債権の弁済を求める意思を表示するものであることは明らかである。そして、前記のとおり債権者の右意思は、開始決定の送達により抵当債務者に通知することが手続的に保証されていることを考慮すれば、不動産競売の申立ては、抵当債務者に対する関係で民法一四七条一号の請求に当たるものと解するのが相当である。」が、ただ「裁判上の請求に当らず(裁判上の)催告としての効力を有するに過ぎない。」と判示するものである。

二、確かに、原判決の云うとおり、不動産競売の手続による売得金の配当、交付に弁済としての効力があるし、債権者は弁済を求めて競売の申立をするのである。

しかしながら、民法は『連帯保証人に対する「履行の請求」』に限って時効中断の絶対効を認めているのである(同法四五八条、四三四条)。

このように、時効中断の絶対効を有するのは「履行の請求」に限られるのであるから、本件競売申立が連帯保証人に対する「履行の請求」としての実体を有するか否かが問題となるのであって、原判決が判示するように「弁済を求める意思」の有無が問題となるのではない。

右に云う「履行」と云うのは、債務者のする弁済に向けた給付行為のことである。

また、弁済とは債権の目的が満足させられたことによる債権の消滅を云うのであり、大きく分けて債務者の履行によるものと、これによらず裁判所の配当等国家の手による目的の強制的満足によるものとの二通りがあるのであるから、弁済を求めていれば、全て債務者に対して「履行の請求」をしていることになると云う原判決の論理は明白な誤りなのである。(有斐閣註釈民法(12)債権(3)債権の消滅三五乃至四一頁・同法法律学全集債権総論三四八、三四九頁)

そもそも、債権者は、債務者が「履行」をしないことから、国家の手による財産の強制売却の方法による弁済を求めるため不動産競売の申立をするのであって、債務者に対する履行の請求をしているのではない。これが常識的理解ではないだろうか。

三、また、前記判示によると「不動産競売手続は、所有者のみを相手とする手続ではなく、債務者にも向けられたものと解される。」とも云うのである。

しかしながら、開始決定が抵当債務者にも送達されるのは、抵当債務者は競売が実行されると所有者から求償を受ける立場にあってこれに重大な利害を有するところから、所有者に対する競売手続が開始されたことを告知して競売(即ち弁済)を阻止するための機会を与えようとするためのものであって、手続中債務者の財産から弁済が行われることも、債務者に対する給付命令がされることも一切ないのである(現に、原判決が挙示している競売手続における抵当債務者の地位、権能は「開始決定に対し被担保債権の消滅、不存在等を主張して異議を申し立てること、売却許可決定に対する執行抗告、配当期日における異議の申出」と云うように債権の弁済を阻止するためのものだけである。)。

この様な構造と目的を有する不動産競売手続を利用する債権者に、抵当債務者に対する「履行の請求」の意思が有る筈などないのである。

四、のみならず、「履行の請求」は「債務者に対する」ものであることが明文上要求されている。しかるに根抵当権を設定したとされている補助参加人は単なる物上保証人であって被担保債務を負担しないのだから、本件競売申立に「債務者に対する履行の請求」の要素は存在しようがないのである。

しかも、原判決は、理由第三の第二項で「物上保証人に対する不動産競売開始決定が抵当債務者に送達されたときは、これによる差押えの効力として、被担保債権の消滅時効は中断されたと解される(民事執行法一八八条、四五条、民法一四七条二号、一五五条、最判昭和五〇年一一月二一日・民集二九巻一〇号一五三七頁)から、右のとおり競売開始決定の送達を受けた都市開発の連帯保証債務の消滅時効が「差押え」による中断の効力を受けることは明らかである。」と判示している。所論の最高裁判所判決は、物上保証人に対する「差押」は、たとえ所有者のみならず抵当債務者にも差押命令が送達されるとしても、時効の利益を受ける抵当債務者に対してなされる手続ではないことを前提として民法一五五条の適用を認めたものである(法曹会発行「最高裁判所判例解説、民事篇、昭和五〇年度、五一四頁以下)。

従って、右最高裁判所判例から云っても、不動産競売手続は所有者に対して行われるものと云うべきであって、原判決の云う「所有者のみを相手とする手続ではなく、債務者にも向けられ(ている)」との判示は判例違反に該当するのである。(もし仮に、原判決の云うとおり、不動産競売手続が所有者のみならず債務者も相手とするものであるとすれば、原判決の云うように、不動産競売開始決定の送達を待つまでもなく競売申立によって債務者に対しても時効中断効が及ばなければおかしい。)

五、そもそも、多数当事者の債権関係をどのように律するかは、その当時の法律思想を前提とした立法政策の問題であり、時効中断事由のうちどの事由に絶対効を認めるかも国会の立法に委ねられているのである。現行民法は、分割債務を原則としており、債務者の一人について生じた事由についても相対効を原則としている(四四〇条、四五八条)のように、基本的に個人主義に立脚しているのであって、連帯保証債務において「請求」と「差押」とで絶対効の有無に差を設けたとしてもそれは国会の立法政策の問題であって特段不当などと云うことはない。

しかも、保証債務は、主債務を担保するために主債務が存する限りにおいて存在すると云う主債務に対する片面的従属性を本質とするものであり、現に単純保証債務においては保証人に対する時効中断事由は全て相対的効力を有するのみであり、それで少しも差し支えない。

連帯保証債務においてもこの理が基本となるべきものであり(四五八条、四四〇条)、主債務者に対する時効中断措置を怠った結果時効により債権を失うこととなるのは少しも不当なことではなく、無理な理屈を考え出して「競売」に時効中断の絶対効を与える必要などどこにもないのである。

六、現行民法は、一四七条で時効中断事由のうち「請求」と「差押」を区別し、絶対効の有無に差をもうけているのである。

もし仮に、原判決の云うように弁済を求めてするものは「請求」であり、「差押」も「請求」だと云い切ることになると、不動産競売手続のように裁判により債権の弁済を実現しようとするものも「裁判上の請求」と云わざるを得ず「請求」と「差押」を区別する民法の態度に反することとなろう。

そこで原判決は、「裁判上の請求は、請求権の存在を確定する効力を有するものに限られる。」との理屈をつけて「裁判上の請求」と「差押」を区別しようとするのである。

しかし、「裁判上の請求」に請求権の存在の確定が伴うのは、裁判所が債務者に履行を命じる前提として不可避的に右確定を要求されるからなのであって、この確定と云う要素が「裁判上の請求」と「差押」を区別する本質的要素とは云い難い。

「請求」とは、債権者が債務者に対して債務の履行を要求することであり、判決手続がその典型である。そして「差押」と云うのは、債権存在の確定と債務者に対する履行の命令がなされたにも拘らず債務者の任意の履行が期待できないときに、債権者が国家の手による債権の強制的な実現を求めることを云うのである。そして、担保権に基づく不動産競売申立も、債務者の履行によらず国家の手による債権の強制的な実現を求める点で「差押」に当る。従って両者は債務者自身の手による弁済の実現が目的とされているか否かと云う点に本質的な差があるのであって、この理解こそ常識に適うものと考えられる。

七、以上の様な「請求」と「競売」の違いの理解は極めて常識的なものであり本件関連事案一〇件の控訴審判決のうち別紙関連事件判決目録記載の八件の判決が同旨を判示しているのである。

原判決のこの点についての理解は極めて特異なものと云わなければならない(他の二件は原判決と同一の裁判所がした判決である。)。

第二、また原判決は、理由第三の第四項で「控訴人渡部も都市開発と相謀って都市開発の資金繰りのため借受人名義を貸与したものであり、控訴人庄子も都市開発と相通じた連帯保証人であることよりすれば、同様に控訴人らも、控訴人渡部の時効期間完成を主張することは、信義則に反し許されないというべきである。」などと云う不思議な理屈を講じて上告人らの消滅時効援用を信義則に反するとして被上告人の請求を認容しているが、これは信義則の解釈適用を誤ったものであり、その誤りは判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

仮に上告人らの借入れや連帯保証に判示のような事情が存在したとしても、上告人らはそれぞれ資金返還債務、その連帯保証債務を免れないと云うだけのことであり、それ以上の責任を負担するいわれは全く存しないのである。

従って、被上告人は、通常に債権管理をすれば良く、しかもこれをすることができた(被上告人が補助参加人より上告人らに対する貸金返還請求の訴の提起を求められていたのにこれを怠ったものであることは証拠上明白である)のにこれを怠ったのであるから、本訴請求債権を時効により失って少しも不当なところはないのである。

上告人らに、信義則違反を問われる事由は一切ない。

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